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デッサン


実家から 昔の物を片付けてくれ といわれ

何が入ってるやらわからぬダンボールを いくつも持ち帰ってきました。

その中で

予備校時代の大量のデッサン達と

久々の対面を果たすことになり

恥ずかしいやら つっこみたいやら 複雑な気持ちになりつつも

「こんなにたくさん よくがんばったなー」

と他人事のように感心していたのですが

でも

あの頃の私は

絵で何かを表現する  とか

自分の個性とは何か  とか

なぜ絵を描くのか  とか

何がやりたいのか  など

大事な事を考えるまもなく

さあ次!次の課題! はい次! はい次!!・・・

休むまもなく ひたすら手を動かしていたように思います。

そうやってただただ

描くことを消費していくような生活を送っていた 私の自画像を見ると

何を考えているのかわからぬ からっぽのような顔をしていて

技術とは何か

デッサン力とか何か

あの時間はなんだったのだと

夢を思い返すような気持ちでいました。

そんな時

フラフラとネットを眺めていると

ある彫刻家のブログに

『デッサンをするという事』 について書かれていた文章があり

見入ってしまいました。

『あなたが美しい と思う物事を信じ

いいデッサンをしましょう。

自分の目を信じ

正しい形、量、色、空間 を捕らえる訓練を重ね

嘘をつかず

素直に絵を描くことが

本当にのいい絵に近づく一歩です。

確かなデッサン力は

美術の表現を自由にします。

それは

現実の世界の中に

人が 美しい と思うものの答えが

膨大に隠されているからです。

あなたが

一枚の真のデッサンを重ねるたびに

あなたは物事の美しさの理由を

人よりも ひとつ多く知ることになります。』  

わたしは

僅かではあるけど、こんなふうにして手に入れた少しの技術を

わずらわしい と思ってばかりの時がありました。

現実の形にひっぱられる

物の見方が画一化されていく

自由な表現ができない

自分で自分の首をしめるような

苦しい感覚を持っていました。

でもそれは

ただ表面的な問題であって

デッサンで培われるものは

本物ソックリに描けるようになるだけではない。

量 質 美しいと思う線、流れ、バランス

知り得た美を 自由に扱えるようになる技術であることだと

わかりました。

私の表現方法は今、純粋な絵画からは離れてしまっているけど

物を創る上では 同じ事。

美しいもの、美しいと思うもの を目指すために

大切な技術を身につけなければならない という事を

再確認しました。

昔の私のデッサンと

ネットでふと出会ったこの言葉は

時を同じくして 今の私に届いてくれたのだと

気が引き締まる想いがしました。


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